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NO.8
『指導』ということ

「指導」は、学校だけでなく家庭や社会のいたるところで行われています。今回は、「指導」するときの心得として大変有意義なお話です。

この筑波大学附属小学校に赴任してきた時、ある先生に呼び止められて言われたことがある。
「君、いろいろな学校へ『指導』に行くことが多くなると思うが、この『指導』ということをどう考えているかね?」と。
その時は「指導案を見て『朱』を入れてあげることです」なんて応えてしまい、そんなことを考えていたのではだめだと、大いに叱られた。
もちろん、授業の前に指導案を見て助言することはいいとしても、その人が授業後に立派にできたと感じたとき、そこに指導者の影が残っているようではだめだ。自分自身の力で立派にできたと本当に感じられなければだめだ。指導者がいつまでも「私が指導者である」というものが残らないようにしたいものだということであった。
そのときは「なるほど」と恐れ入った。
つい最近、私が書いた算数の実践書に、有名なS先生が、お忙しい時間を割いて「解説」を掲載して下さった。
私はこれをいただいたとき、ふと、昔のこの『指導』の言葉をありありと思い出したのである。
なぜなら、全く、この言葉に合う『指導』に通じる心で解説を添えてくださったと、私自身が感じたからである。
この先生が解説を書いてくださったこと自体が嬉しいことに違いないが、私が感激したのはその内容である。
十二個もある実践記録のひとつひとつをこと細かく読んでいただき、コメントを具体的に書いてくださったことについてである。
当初依頼のページを大幅にうわまわって書かれたものを出版社のご厚意によって全体のページを増やしてもらったのである。
こんな言葉が印象的である。
「算数の学習に意欲をもたせたかったら、授業の最初の動機づけを工夫するよりも、授業全体が楽しく、楽しい中で授業が終えられるように心がけなさい」
「考える力を育てるには、考え方を教えなさいといつも言っている。教えるというと、言葉で説明することのように考える人が多いが、教え方には『ほめる』ことをはじめ、『見せる』ことなどいろいろ方法がある。数学的な考え方を育てるにも、望ましい態度を育てるにも、それを教えることが欠かせない。教えないで伸びると考えるのは安易であり、効果は少ない」
「子どもとともにドキドキ、ワクワク考えること、子どもからいい考えが出てこないかと期待すること、子どもの考えを楽しむこと、そういうことができると、教師にとっても算数の授業は楽しいものになるはずである。そうして教師が算数の授業を楽しんでいれば、きっと子どもも楽しい気持ちで学習できるにちがいない」
これはほんの一部の引用であるが、この言葉から滲み出てくるものは、まさしく、授業の実践に対する「指導」の一言である。そして、これを読むときに感じることは、授業者を前向きにさせる意欲なのである。
自然にわき出てくる一言が、ひとにやる気を起こさせる一言になるのが、素晴らしい「指導」なのである。