• Home
  • 算数 耳寄りな話
NO.13
解 字

坪田先生の興味は、算数の世界に留まりません。
今回は、電子辞書を片手に漢字からいろいろなイメージが発展し、さらに教育観までと広がりのあるお話です。

毎日「算数」の授業をしている。
「数」という字になぜ「女」が付くのか。ふとこんなことを思う。最近手に入れた新しい電子辞書のキーを押す。
「数」という字、本来は「數」と書く。婁(ル・ロウ)の部分は、「女と女とを数珠繋ぎにした様を示す会意文字」だと知ってびっくり。
算数の学習ではよく登場する「比較」という言葉。「比」も「較」もどちらも訓読みでは「くらべる」である。
諸橋轍次氏の『大漢和辞典』(大修館書店)を紐解くと、「比」は割合で比べることで、「較」は差で較べることだと知る。文字の原義を知って驚くばかり。
「道徳」の「道」になぜ「首」という字が付いているのか。
白川静氏の説では異族の首を持って歩くことだというのだ。梅原猛氏との対談『呪の思想』(平凡社)を読んで知った。古代には「道」を歩くということは凄まじいことであったのだ。異なる文化をもつ集団が住むエリアを結ぶものが道であったのだろうが、それぞれの社会がつながるということがなかなか難しいことだったのだろうと想像される。この字にも深い意味を感じる。
「優しさ」を子どもに説く。そんな「優」の字になぜ「憂い」が付いているのか。こんな疑問もわく。
『感じの漢字』(高橋政巳著、扶桑社)という興味ある本を読んでいたら、悲しい思いをしている人の傍らに別の人が寄り添う姿を表していると説いていた。腑に落ちる。
小さな疑問も、それを頭の中にとどめておく。そして、手近な辞書から調べ始めて、もし、それに興味を持ち続けているならば、ふとしたきっかけに、そのことをもっと深く知る機会がむこうからやってくる。「選択的注意」が働いて、良い循環が生まれるのだ。
子どもが、こんな風に追究していく態度を持ってくれれば、勉強がますます好きになってくれるのではないだろうか。
好きになれることが、きっと自らの学力を伸ばすはずである。