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NO.15
通知表

今回は、間もなく各家庭にもやってくる「通知表」のお話です。ご自分が子どもだったころの通知表のことも思い出しながらお読みください。

学校では旧態依然として通知表がはばをきかせている。親は学期末になってもらってくる子どもの通知表に一喜一憂する。最近、小学校では五段階評定が三段階評定となって定着しているようだ。「よい・ふつう・もう少し」といった言葉で各教科の評定がなされている。「たいへんよい・よい・がんばろう」などと体裁のいい言葉もある。さすがに「よい・ふつう・だめ」などはなさそうだ。どれにしても昔の甲乙丙、優良可に変わりはない。通知表という表題自体も「あゆみ」とか「あしあと」など、きれいな言葉で書かれているものが多いようだ。
ところで、国語が「よい」、算数が「ふつう」などというのは、いったい何をいっているのだろうか。親は、国語が「よい」なら、ああ、学級の上の方にいるのだな。「ふつう」なら中位だな、「がんばろう」なら下の方だなと判断する。何がそうさせるのだろう。大方はテストだ。それも市販のテストだ。テストの時期に風邪をひいて休もうものなら、通知表の結果はあまり期待できない。先生は保護者会で「ふだんの成績も入りますよ」などと言ってくれるが、閻魔帳についた100点や95点には勝てそうにもない。通知表をよく見ると、下の方にも小さい字で「これは子どもを序列化するものではありません。指導のための参考です。ご家庭でもそのようにお使いください」などと書いてある。しかし、そんなふうに使っている家庭がいったい何軒あるだろう。上中下の区別がしてあるのだから、点数化するなといったって無理な話だ。
私は、通知表は全て担任教師の愛情ある言葉だけで埋まっているものがいいと思っている。子どもを励ます手紙のような言葉溢れる通知表がいい。例えば「ひろしさんは、秋晴れの青い空を見ていて、『あっ、お空に飛行機がきずをつけている。』と言っていました。飛行機雲という言葉を知らなかったからかもしれません。が、とても詩情あふれる言葉でした。語彙が豊富になってきても、このような素直な気持ちを表現できるように願っています。一度友達とけんかをしたことがありました。ゆっくり話を聞いてみますと、別の友達同士のけんかを見ていて、いつもやられている弱い子を助けようと、中に入って、かえってけんかをひきうけてしまったそうです。ちょっぴり勇気を出した姿を見ました。少しずつたくましさが見られてきています。」などはどうであろう。
大体評価というものは、授業と密接な関係にあるものだ。学習やその指導をより着実に、より効果的に行うことができるようにするためのものである。家庭に伝える通知表も、このことに役立つものでありたい。塾通いが横行する昨今、点数ばかりを気にする風潮に逆行するかもしれない。私立中学校の説明会が塾の経営者にむけておこなわれたなどという新聞記事も目にした。点数主義を助長する通知表なら無い方がよいくらいだ。私が赴任したころの筑波大学附属小学校には通知表が無かった。