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NO.18
休みの日に読んだ本

今回は、1928年から1980年まで現場で教鞭をとり、その後の25年間も全国各地での講演や著作を通じて、日本の国語教育の向上に勤めた、「大村はま先生」の著書をもとにしたお話です。

秋の一日、休みの日に本屋さんをぶらついて、ふと目にとまった本があった。
『忘れえぬことば』(大村はま著、小学館、2005年9月1日刊)だ。
50頁にも満たない薄い本であり、大村はまさんが亡くなってからの出版かと興味をそそられ、すぐに購入した。
中に、いいなあと感じる言葉があった。
一つは、戦後すぐの教室での思い出。大村はまさんが新聞の切り抜き記事で授業をなさったころの回想の言葉。
「……何というきれいな、澄んだ、清らかな、さわやかな顔で、目で、その新聞を読んでいることでしょう。私はそれを見て、ああ、人間の子どもは、よいものとか、高いものとか、とにかく学べるもの、自分がより人間らしくなれるものを見た場合、どんなにそれに引かれて、そこに行きたいと思って、やれといわれなくても知らない間に、こんな美しい顔をするものかと思いました。……」(p21~22)
子どもが既に持っている純粋な心に寄り添って授業をするということの大切さに気付かされる言葉だ。
先生には子どもを信じるということができないと、いい授業は出来ないのではないかと思う。子どもの心に寄り添った授業というのは、先生の豊かな知識を、知識の不足した子どもに伝えるということとはまるでちがうものだ。
だからといって、先生は何も知らなくていいかと言ったら決してそんなことはない。先生も勉強有るのみ。そこからにじみ出てくるものがいるのではないだろうか。
もう一つ。大村はまさんが小さかった頃、お母さんから言われた言葉について。寝巻きをたたむときのこと。お母さんは「きちんとたたみなさい」と言わず「あっ、裾を持ちなさい」と言ったとのこと。
「……『きちんとたたみなさい』というのは、結果的にどういうふうにしたらいいことなのか。『ああ、裾を持ちなさい』と、確実に成功できる方法を何気なく教えながら、裾を持つことくらいだれにでもできて、そうすれば『きちんとたたみなさい』と言うよりも、何とかきちんとたためるのだ、その方法を具体的にぱっと言えることばなのだと気づきました。
それからずっと、私の忘れえぬ言葉になっています。いろいろな機会に『きちんとたたみなさい』式のそういう雰囲気でものを言わないで、どうかして『裾を持ちなさい』『あっ、裾を持ちなさい』と言えるようにしたい。そのとおりにすればできる。そのとおりにすれば成功する。そういったことばをすらっと、軽く言えるようにしたいなと思いながら、それからずっと長い間教師をしました。……」(p40~41)
子どもには、より具体的で、より確実に伝わることばが必要だ。
それは、子どもと直に接してこそ見出せる言葉なのだが、発する人がその気持ちにならないと全く見出せない言葉なのだと感じた次第だ。
教室で子どもに話をする。これは我々授業者の最大の仕事だ。さりげなく、絶対に子どもができることを、しかも易しい言葉で言う。それには、相手の気持ちを思いやれる構えが自然に出来ていることが肝要である。
休みの日に、いい本に出会った。