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NO.21
“劇的”とは

ある日、古本屋で目にとまった一冊の本。
今回は、坪田先生の授業の中に生きる、ある言葉との出会いのお話です。

 算数の授業はドラマチックであるといいなあと、なんとなくそんな感じがしていた。
ある日、古本屋を覗いていたら、店先に並ぶ100円均一の本の中に岩波新書の『“劇的”とは』という本が目にとまった。戯曲『夕鶴』で有名な木下順二著であった。早速その本を買い込む。何だか引き込まれるように一気に読んでしまった。そもそも劇的ということについてギリシア悲劇からひもとかれている。
劇的とは「発見と逆転」であるという言葉が特に強烈な印象に残った。
「アリストテレスは、ドラマは“発見”(アナグノーリシス anagnorisis)と“逆転”(“浄化”とも訳すが、ペリペティア peripeteia)が必要だというのです。……“発見”というのは、難しく言えば無知から知への転換、つまり知らなかったことが分かってくる。……
discoveryというのはcover(ふた)をdis(取りのける)という言葉です。
ところが、アリストテレスの“発見”は単にふたを取りのけるという意味ではない。箱のふたを取りのけて中にお菓子があるのを見つける、発見するというのではありません。もし、それを“発見”したら、発見者である自分自身が根柢的に否定されてしまわなければならないという、そういう原因を発見するということで、つまり“発見”の結果が自己否定的になるという、そういう発見です。」
この言葉に出会ったとき、ああそうだ「授業の理想は“発見と逆転”にある」のだと思い至ったのである。
授業の中で、子どもがある「問い」に出会ったとき、子どもには何かしらの見通しや答えの予想が思い浮かぶ。そしてその仮の答えに向かって様々な追求や議論が沸き上がる。時には対立し、時には一致した意見ともなるが、その予想に向かって解決の方向に向かって進んでいくうちに、初めの予想や考え方とは全く異なる答えが導かれたりすると、驚きを持ってそれを受けとめることになる。強烈な印象を残すのである。
古本屋で見つけた100円の本から大きな示唆を受け、大変に得をした気分になった。漠然とドラマチックな授業が面白いのではないかと感じていたものが、ちょっぴりとはっきりしてきたのであった。