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NO.25
子どもからのプレゼント

子どもたちに向けられる坪田先生のあたたかい目。その根底には、ご自身が子どもの頃に体験された日常のひとこまがありました。

小学校のある日を思い出した。
私は、そのころ昆虫に夢中だった。寝ても覚めても「虫」のことばかり思っていたのである。
ちょうどそのころのことである。家で、遅くまでかかって、画用紙に大好きなかぶと虫の絵を丁寧に描き、それに寸法なども書き込んだ。別のもう一枚の紙には、知っている限りの昆虫の名を表にして、これまた、一番きれいな字で一所懸命に、時間を忘れて書いていた。
翌日、大好きな担任のT先生に差し上げようと思っていたのである。T先生は、まだ先生になりたての美しい先生だった。
なんだか寝不足気味であったが、次の日の朝、ウキウキしながら学校に行った記憶が残っている。
朝一番で、それを先生のところに持っていった。先生は「あら、上手ね。これ先生にくれるの。ありがとう」と言って受け取ってくださった。
ただ、それだけの記憶なのであるが、なぜかそのことがずっと心に残っている。
きっと、あの絵と分類表はどこかにいってしまったことだろう。T先生にはあまり価値のないものだったにちがいない。
しかし、私の心にはとても価値あるものとして残っているのである。そのときのかぶと虫の色、紙に書いた文字、先生のしぐさや声まで鮮明に残っている。私の原体験の一つでもある。
当時の私には、何ものにも束縛されない自由に過ごせる時間がいっぱいあったような気がする。好きなことをたっぷり心行くまでやっていた。
今子どもたちを見ると、家に帰ってまでやらなければならないスケジュールが立て込んでいる。夜遅くなって疲れ切って寝るだけ。かわいそうだなと思う。
朝教室に行くと、たまに「これ、先生にあげる」と言って、前の日に作った手作りの栞だとかビーズの小間物などくれる子がいる。
そんなとき、ああ、この子はきっと昨日好きな時間を過ごすことができたんだなと感じる。
「ありがとう」と言って貰うが、背広のポケットに入れたままになる。

何日かたって、ふっとポケットに手を突っ込むと、忘れていたそんなものが出てくる。一人勝手にいい気分になるときでもある。